【読書レビュー】武器になる哲学【バカな会社員は社会的危険人物】

2019年10月24日

【読書レビュー】武器になる哲学【バカな会社員は社会的危険人物】

無教養な専門家こそ、われわれの文明にとって最大の脅威となる。

ロバート・ハッチンス

こんにちは

yoshi(@yoshiblogsite)です。

今回は「武器になる哲学 人生を生き抜くための哲学・思想のキーコンセプト50」の読書レビューをしようと思います。

【武器になる哲学】とはどんな本か

プロローグは衝撃的な一言から始まります。

無教養なビジネスパーソンは「危険な存在」である

なかなか衝撃的ですねー。

なぜなら「無教養なビジネスパーソン」は見渡す限りそこら中にいるからです。

この言葉は、若干30歳にてシカゴ大学総長となり、法曹界、実業界でも活躍したロバート・ハッチンスの言葉を引用しています。

そしてその後、国際カンファレンスをきっかけに、世界の超エリート経営者たちの教育機関として有名な、あの「アスペン研究所」の設立に繋がっていきます。

一言でいえばこの本は「無教養なビジネスパーソンを教養のあるビジネスパーソンにするための一冊」だといえるでしょう。

哲学を超速でおさらい

オリラジ中田さんのエクストリーム授業は最近非常に好評ですが、哲学もやっていました。

学校で哲学習ったけど忘れ去ってる方はこれでざっと復習するのもいいかもしれません。

超エリートはなぜ【役に立たないと言われる哲学】を学ぶのか

哲学なんてただの教養、趣味、役に立たないし哲学やってる人はただのひねくれ者だ。

こう思っている人は多いかもしれません。

しかし、世界で最も時給が高い「グローバル企業の経営幹部候補」の人たちが、わざわざアスペンの山麓に集まって時間をかけてまで、役に立たないと言われる学問の代表である「哲学」を学ぶのはなぜなのか。

なぜここまで「哲学」のプライオリティを上げているのか。

当然「教養がないと恥ずかしい」とか、「知的でかっこいい」とか、「賢くなる」とかいった理由ではありません。

先ほど書いたように、教養がなくただただお金儲けが得意な「無教養なお金儲けの専門家」になった場合「文明にとっての驚異」つまり「危険な存在」になるからです。

実際そういった社会的権力をもった「無教養なお金儲けの専門家」たちが、セクハラ・モラハラ・パワハラといった問題をおこし、最悪の場合自殺に追い込んでおり、彼らをリーダーとしたグループはコンプライアンス違反をし、大人同士の犯罪だけでなく子どもたちを巻き込む犯罪にまで手を染めているのは御存知の通りです。

犯罪を起こさずとも、無教養ゆえに想定できるオプションが少なく、致命的な判断ミスを起こし続けるリーダーも多いでしょう。

リーダーが判断ミスをすれば、リーダーに続く多くの人々が巻き添えを食ったり尻ぬぐいに当てられたりするのは当然であり、結果的に思いも寄らないほど多くの人を不幸にします。

だからこそ教養にしかならないと思われている「哲学」のプライオリティを上げているそうです。

【教養】が必要なのはリーダーだけではない

ナチスのユダヤ人大虐殺

あの悲惨な事件はヒトラーという独裁者が一人で起こしたと思っている人が大半ですが、実際にユダヤ人をガス室や銃で殺害する手を下したのは

「ナチスという組織の中で昇進したいと思っていた、無教養でクソ真面目な一般人」

です。

当時のドイツを生きた国民全員に教養があり、そして文明的な選択を一人ひとりができたのなら、行き過ぎたファシズムは途中で食い止められたのではないでしょうか。

いまの日本ではこのようなことは起こっていませんが、会社で仕事をし社会を日々動かしているのはリーダーだけではありません。

実際に手を下しているのは一般的な会社員です。

だからこそ社会を動かしている一員の僕たち、特に世界有数の先進国である日本人は、世界のためにも無教養なままではいてはいけないのではないでしょうか。

哲学は意外と役に立つ【洗脳解除】

この本を読んでみて強烈に思ったことが1つあります。

それが「洗脳解除」です。

哲学を知ることで自分のアタマで考えられるようになり、自分の人生を生きられるようになります。

僕たちは日々なにかに洗脳されて生きていますよね。

有名ブランドの訴求、CM、おすすめ商品、キレイでかっこいい有名人たちを使った印象操作、権威がある(が教養はない)人の発言、宗教、政治、3S(Screen/Sports/Sex)政策などなど

無意識的にしているその選択は、誰かに踊らされている。

僕たちは僕たち自身の人生を生きているようでいて、実際のところ誰かの人生を生きていることに気づいていないだけ。

そんな不安が頭をよぎったことのある人は少なくないでしょう。

哲学は常に「これでいいのか?」と現状に疑問を投げかけ、自分の頭で考えるものです。

だからこそ時代の移り変わりによって、哲学の内容は変わってきました。

哲学の導き出した「要するになんなの?」というところも、もちろん役に立ちます。

しかしそれ以上に、哲学者のおこなった思考プロセスそのものは自分の頭で考え、自分の人生を生きることを促してくれるでしょう。

哲学=PhiloSophia=知を愛する=愛知

です。

この本を読んで哲学というものは、人生の固定観念を破壊し、自分の人生を生きるためのヒントをくれる非常に強烈なものだとわかりました。

哲学は意外と役に立つ【人生の悩みを解決する】

哲学は人生の悩みを解決します。

悩みは現状への不満から生まれます。

そのとき僕たちは実践的な解決手法に走りがちですが、哲学は「そもそもそれは悩みなのだろうか?」とか「そもそもそれは不満として捉えるべきものなのだろうか?」と根本的なところから疑問を投げかけることも可能です。

答えは自分の中にあるとか灯台下暗しということを聞いたことがありますが、悩みが実は悩みたりえないことは往々にしてあると思います。

教養こそは世界をあらゆる角度からみた視点ですから、「こういう考え方もあるんだな」とか「この視点はなかった」ということを知るだけで悩みが一気に解決に向かうことがあります。

例えば弁証法(アウフヘーベン)という思考方法。

対立する意見をあえて戦わせることで次元上昇を目指し続けるこの哲学において基本的な思考方法は、あなたの嫌いな人の意見をうまく活用し、協力しながらより高次元の合意を得るツールになりえます。

会社やバイトでどうしても意見の合わない人がいて、ストレスフルな人生を送っているような人には、ぜひ知ってもらいたい方法です。

個人的ベスト3

「人生を生き抜くための哲学・思想のキーコンセプト50」というだけあって50個もあります。

いくつかは退屈なコンセプトもありましたが、ほとんどが面白い内容でした。

ここではその中から3つだけ個人的ベストを紹介します。

  1. 【弁証法】進化とは過去の発展的回帰である【ヘーゲル】
  2. 【公正世界仮説】「見えない努力もいずれは報われる」の大嘘【メルビン・ラーナー】
  3. 【未来予測】未来を予測する最善の方法はそれを「発明」することだ【アラン・ケイ】

弁証法【進化とは過去の発展的回帰である】

先程も紹介したヘーゲルの弁証法はやはり欠かすことができないものでしょう。

ざっくり言えば

  • Aが「これは円だ」と主張する
  • Bが「いやいやバカかよ。違うでしょ、どう見たってこれは四角だよ」と対立する意見をいう

相反するこの2つの意見を闘わせ、AもBも満たすものは何か考えます。

円と四角は全く別物ですよね。

でも、1つのアイデアに到達することでどちらも満たします。

それは次元の追加です。

議論の末、2人は2次元の世界でしか物事を捉えられていなかったということがわかってきました。

2次元に1次元を追加し、3次元として捉えると見事に円も四角も満たすものが見つかります。

「円柱」です。

円柱という同じものを別の視点からみていただけだったんですね。

この例のように、一見明らかに対立する意見を闘わせながら双方が合意する次元上昇に至るアイデアを模索するメソッドが弁証法です。

弁証法について「価値観の不一致で別れそうな恋人たちに向けた弁証法的恋愛論の説明【アウフヘーベンリーベ】」という記事も書いてみたのでよければ読んでみてもらえると嬉しいです。

人生を生きていてもっとも多くの人が悩むのが「意見の対立」だと思います。

自分と他人は違います。

だからこそ、本当にそれぞれが自分の人生を生きたときたびたび意見の対立が発生します。

この「意見の対立」という問題は最悪の場合、殺人事件や国家間の戦争にまで発展しているのは人類の歴史が証明している通りです。

意見の対立を逆に進化・発展のための養分としてポジティブに捉え、むしろ積極的かつ戦略的に利用していくこの哲学的な思考メソッドは多くの人の人生を助ける考え方ではないでしょうか。

公正世界仮説【「見えない努力もいずれは報われる」の大嘘】

次に上げるのはメルビン・ラーナーの公正世界仮説です。

「世界は公正であるべきだし、だから努力は報われる」と考える人たちがいますが、この考え方のことを社会心理学においては公正世界仮説といいます。

端的に言えば「努力が報われるという幻想の中に僕たちは生きている」ということです。

努力が報われないってきくとものすごくネガティブに聞こえますが、真逆です。

世界をありのままに見ようとしたとき、努力が報われるという証拠はないことが見えてきます。

公正世界仮説に生きる人は1万時間の法則を持ち出しますが、これは裏付けとしての内容が非常に信憑性が低く脆弱なものであったことは最近広く知られるようになっていますし、1万時間の法則を発表した人本人が、本来はそういった意図で発言したものではないことを公表しています。

公正世界仮説を信奉する人々に歪められてしまった形ですね。

実際のところプリンストン大学の行ったメタ分析という非常に信頼性の高い分析方法によって分析された結果によると、「練習量によってパフォーマンスの差を説明できる度合い」は

  • テレビゲーム:26%
  • 楽器:21%
  • スポーツ:18%
  • 教育:4%
  • 知的専門職:1%以下

だそうです。

1万時間の法則の嘘についてはメンタリストDaiGoさんがわかりやすく解説してくれていますが、「ド」がつくくらい嘘だということがわかっています。ド嘘です。

公正世界仮説を信奉し続けると、本人だけが幻想の中に生きていつまでも報われない努力を続けて人生を無駄に過ごすくらいならまだいいです。

損をするのは本人だけですから。

しかし、度が過ぎると周りやひいては社会に迷惑をかけ、最終的には惨劇を引き起こします。

「そんなバカな」という方は歴史を振り返ってみると人間がそういう性質の生き物であったことがわかります。

公正世界仮説は少しねじれただけで「成功している人はそれに見合う努力をしていた。」からの「ただ努力しただけで大して凄くない。」とか、「不幸にあった人は、本人にもそういう目に合う落ち度、つまり努力不足があったに違いない。」という考えに至ります。

僕自身がむかし公正世界仮説に生きていたので、これは非常によくわかります。

ある意味因果応報の曲解、自分で蒔いた種、自業自得、不幸な人は努力不足という切り捨て。

身近なところではこの思想の行き着く先はパワハラやモラハラ、セクハラ被害者への「被害者も悪いところがあったんでしょ」という謎の批判、イジメの正当化など、苦境に立っている人を謎に責める風潮に繋がります。

実際いまの日本でもそういった流れはたびたび見られますよね。

日本は仏教が広まっていて、因果応報を曲解している場合が多いため、公正世界仮説に生きている人も多いからだと思います。

公正世界仮説に生きる場合は、逆恨みに発展しないように注意しなければならないことも警告されています。

本で紹介されていたのは1999年の早期退職を迫られたブリジストンスポーツの課長による切腹事件です。

かんたんにまとめると

  • 58歳の課長が意に反して早期退職を迫られた
  • 30年以上もの長い間、寝食も忘れ家族を顧みる暇もなく働き会社を支えてきた
  • そんな私の努力は報われるはずだ
  • なのにこの仕打はなんだ
  • ブリジストン本社の社長室に押し入り切腹にて抗議

寝食を忘れて働いたのも、家族を顧みる暇もなく働いたのも、会社を支えてきたのも、どれもこれもすべてこの「課長」がそのときどきで自由意志のもと自ら下した選択の集積であり、ブリジストンがそれに報いるかどうかは別の問題ですよね。

かんたんに会社をやめて転職する人が増えているいまの人からすると「は?バカかよ」って思う人も多いかもしれませんが、事実として20年前に起きた事件です。

こういった逆恨みの事例はストーカーによる殺人事件なども含めると、まだまだたくさんあります。

まさに無教養な社会的危険人物です。

「努力は報われるはずだ」

この思想がねじまがってしまうと自分も周りも不幸にしてしまうかもしれませんね。

日本ではまだそのくらいで済んでいますが、歴史を見るとこの思想は壮絶な惨劇に繋がっています。

ナチスのユダヤ人大虐殺です。

この弱者への圧倒的な迫害は

「世界が公正である以上、苦境にある人はなんらかの理由があってそうなっている」

という思想に基づいて行われました。

ナチスドイツは本当に多くの教訓を人類にもたらしました。

僕たちはあの惨劇から多くのことを学べるだけ学ぶべきなのは間違いありません。

公正世界仮説に疑問を投げかけるこの章は、正確に世界を見つめ直すきっかけになるのではないでしょうか。

誰かに言われて強制的にやっている報われない努力を重ねて人生を浪費するよりも、自分の中にある才能に従ってなすべきこと=自分が人よりも得意なことや心の声が叫ぶことに時間を割いたほうが幸せに繋がるかもしれません。

ジャン・カルバンの予定説はまた別の視点から「盲目的な努力」に疑問を投げかけているので、こちらもよかったらご覧ください。「【予定説】努力すれば報われるなんて神様は言っていない【資本主義】

未来予測【未来を予測する最善の方法はそれを「発明」することだ】

3つ目に紹介するのはパーソナル・コンピュータの生みの親、アラン・ケイの哲学です。

僕たちは未来は予測できるものだと思ってしまいがちです。

アラン・ケイさんは「そうではない、未来は創るものだ」と捉えます。

例えば新しいビジネスアイデアを思いつくとします。

ちなみに僕が昨日思いついたのは「マッチョプログラマースクール」です。

文字通り、入会したらムキムキマッチョなプログラマーにすることをコミットする事業です。

プログラマーはナヨナヨなイメージがありますが、最近は筋トレに励む人が増えてきています。

筋トレはあらゆる悩みを解決するという驚きの事実!やる気が出ない、自信がない、寝付きが悪い、魅力がない、全て解決」という記事を昔書きましたが、ロジカルに考えると筋トレの効果はプログラマーの陥りがちな多くの悩みを解消するのに非常に効果的です。

僕自身がITエンジニアであり、プログラマーからプロジェクトマネージャーまでいろいろやって、中には数百人月規模の開発を主導した経験もあるので

  • 先の見えない不安な開発
  • 開発がすべて無駄になる理不尽な仕様変更
  • 徹夜のデスマーチ
  • 謎に開発者に押し付けられた結果の叱責
  • 終わりの見えないバグ地獄
  • 複雑怪奇で非常に読みにくい危険なコードベースでの開発

などなど数え切れないほどのストレスフルな環境を経験してきました。

おそらく多くのITエンジニアがこういった経験をしたことがあると思います。

振り返ってみるとこれらは筋トレによって解決・軽減することが可能だったと思います。

だからこそ最近はプログラマーでも筋トレが流行ってきているのかもしれません。

ということで、「今後マッチョプログラマースクールは流行るだろう!」と思いましたが、アラン・ケイだったらそうは考えないでしょう。

彼ならマッチョプログラマースクールを【流行らせる】と考えます。

「こうなるだろう」という受動的な哲学ではなく、「こうする」という能動的な哲学です。

そしてその未来を創るために必要なことを1つ1つ計画し、地道にそのタスクを実施して一歩一歩進んでいく。

そしてその未来が実現するまで絶対に諦めない。

それが「未来は予測するものではなく創るもの」という思想です。

よく自己啓発書やスピリチュアル系の人が「自分の理想とする未来をイメージしてウンタラカンタラ」というのがありますが、その本質として伝えたいことはまさにアラン・ケイのこの哲学だと思います。

未来は予測するものではなく創るもの【アラン・ケイ】」にも詳しく書いたのでよかったらご覧ください。

ちなみに僕はマッチョプログラマースクールの流行った未来の実現に人生をかけるほど熱量は多くないので、いまのところやるつもりはありません。誰かやってください。

まとめ:【読書レビュー】武器になる哲学【バカな会社員は社会的危険人物】

いかがでしたでしょうか。

この本「武器になる哲学」はある意味で「危険な本」です。

読了後はあなたの固定観念、あなたの人生観、あなたにかかっている洗脳を破壊するかもしれません。

代わりに「自分のアタマで考え、自分の人生を生きる」という世界が垣間見えます。

この本を読んでから、人によってはさながら羊飼いを失った羊のように、人生に迷ってしまうかもしれません。

そのときは誰かに洗脳され、支配された人生に戻ることを選択してもいいですし、自らのアタマで考え始めてもいいと思います。

個人的にこの本の良かったところは、いわゆる哲学者のみを取り上げていないところです。

科学者や作家など、幅広い人の「哲学的思考」を広く紹介しています。

哲学とは本来哲学者なんて専門家だけがやることではなく、自分のアタマで考えるすべての人がおこなえる世界です。

文明・社会的危険人物にならないように教養を広げるという後ろ向きな、何かに追われるような感じでこの本を読むのではなく、せっかく世界有数の恵まれた先進国に生まれることができた国民として、自分の人生を自分のアタマで考えて生きるきっかけとして読んでみてはいかがでしたでしょうか。

このブログでは毎日更新で「過去の自分が知りたかったこと」をジャンル問わず書いているので、もしあなたの役にも立ちそうなことを書いていたらまた読みに来てください。