【なぜ世界から愛されたか】戦史に学ぶ日本人の誇り【苦境での立ち振舞い方】

【なぜ世界から愛されたか】戦史に学ぶ日本人の誇り【苦境での立ち振舞い方】

【なぜ世界から愛されたか】戦史に学ぶ日本人の誇り【苦境での立ち振舞い方】

こんにちは

yoshi(@yoshiblogsite)です。

戦史は事実でありながら、ファンタジーであり都市伝説的側面もあります。

なぜなら勝者がルールメイカーとなり、書き換えていくのが世の常だからです。

データも証言も書き換えられ、真実は嘘と入れ替わることもあるでしょう。

それはまさにファンタジーの世界のようです。

「何を信じたら良いのだろう」
「真実がないのなら誰も信じられない」

そうかもしれません。

何しろ同じ世界に生きるどこかの人が作ったリアルのシナリオですから。

人生が嫌になってしまうかもしれません。

でも、【個】にフォーカスし、その1つ1つの所作であったり判断に注意を向けると、信じられるものが見えてくるかもしれません。

今回はそんなことを考えながら、世界から愛された日本、戦史のような苦境においてたち振る舞った日本人の考え方の一部を見ていきたいと思います。

アジア人の希望であった日本人

世界史を振り返るとすべてヨーロッパのアングロサクソン人による圧倒的支配が続いてきたのがまさにここ2000年ほどです。

それも当然のことで、今は中国にあたる精神的な唐文明が終わり、アングロサクソン文明が花開いたあと、精神社会から物質社会化が推進されるターンになった世界はまさに、肌の色でいえば「白人」というアングロサクソン人の時代が来ていました。

アジアの多くは白人たちのもとに植民地化され、奴隷の如き扱いを受けていた国もあります。

だからこそ、マレーシアや韓国、タイ、インドネシア、インド、ビルマなど多くの国の事情を知る指導者たちから、日本人による「アジア人の白人支配脱却への貢献」が称賛されました。

そしてまさに敵国であったイギリスやアメリカ、オランダといったアングロサクソンの人々からも、戦時中の日本人の立ち振舞いは尊敬を受けていました。

敵国からの称賛は、日本人の精神性が苦境の中でも素晴らしいものであったことを垣間見ることができるように思います。

たしかに日本軍は強かったようです。

そして現代の自衛隊もどうやらかなりやるようです。

アジア人は肉体ではアングロサクソン系やアフリカ系の人種に劣るものの、よく考えると軍隊で使用するのは複雑な機器ばかりですよね。

肉体がいくら強い人でも銃や砲弾、爆弾のもとでは無力ですし、軍略の流れの中では一人の人間の強さなど大した影響はないです。

日本人は振り返ってみると、手先が器用で技術力が高く、クソ真面目です。

クソみたいなブラック企業でも忠実に働き尽くすようなバカ誠実な国民です。

個人的にはブラック企業なんて即やめて半年プログラミング学んで、安定のIT大企業や高給のITベンチャーのプログラマーになるべきだと思うような人間ですが、多くの人はそうではないようです。

そう考えると、複雑な機器も正確にミスなく扱い、あくまで軍の駒として自分ひとりのことを考えるのではなく、一人ひとりが目的に向かって軍略を正確に遂行する軍隊は弱いわけがないのかもしれません。

そして日本人の技術力は実は軍の最先端をいっているという話もあります。

個人的にはやはり通説通りアメリカこそ最強だと思っていますが。

真実は闇の中なのであくまで都市伝説的ではありますが、たとえ自衛隊が強いことが真実だとしても日本人のこの能力を発揮しなければならないことが、今後二度と訪れないことを祈りますね。

池袋サンシャインシティ60【巣鴨プリズン跡地】で処刑された東条英機の心

池袋のサンシャインシティに、サンシャイン60というビルが建っていますよね。

今や若者がたくさんデートや遊びで赴く場所です。

知らない人も多いですが、サンシャイン60の【60】という数字は、あの地でGHQによって処刑されたA級戦犯7名+BC級戦犯53名のことを忘れないためだと言われています。

表向きには60階建てであることですが、そもそも60階建てにしているのもそういった背景があります。

戦犯といっても戦勝者であるGHQによる判断での処刑ですから、日本人としては思うところもあったでしょうし、殺された60名の鎮魂のためにあの巨大なビルが建てられたのでしょう。

もちろん処刑された彼らは覚悟していたので可哀想ではありませんし、それはむしろ侮辱にあたるでしょう。

ただ、64歳であの地で絞首刑に処されたA級戦犯の代表的な一人、東条英機もと内閣総理大臣・陸軍大将がどんな人だったのか、知ってみるのは日本人の精神性を知るヒントになるでしょう。

そもそも真珠湾の不意打ちによるアメリカ人と一般人の殺害という卑怯な手口が死刑の罪状ですが、近年ではむしろルーズベルト大統領による陰謀だということが明らかになりつつあるそうです。

日本は確かに宣戦布告したそうですが、陰謀によりそれは開戦から数時間遅れて届いたことになっています。

不意打ちを受けたとなれば、当然アメリカ人はブチ切れますし卑怯な悪の国日本を打ち倒す正義の軍隊であるという大義名分も作ることが可能です。

ルーズベルト大統領による策は、確かにアメリカ国民を鼓舞することに成功し、アメリカが第2次世界大戦で勝利して今日まで世界を支配するための布石であったと考えるのは難しくありません。

東条英機は、国内、つまり日本人に向けては死刑にされても贖えないほどの罪を犯したこと悔いていましたが、国外、つまり卑怯な手口による真珠湾攻撃の奇襲はまったくの無罪であることを断固主張しました。

そして、有色人種であることに誇りをもち、アジア人が協力して発展していくことを切に願っていました。

また、赤化(共産主義や社会主義)に進まないことを望みましたがこれはアメリカとロシアというそれぞれ資本主義・共産主義の大国間の争いの中で、日本は資本主義を支持していたからでしょう。

朝鮮半島を二分したことも禍根として重責を感じていました。

力で負けても正義公道は見失わずにいてくれという考えでした。

世界大戦に繋がっていく全体の歴史はやっぱり中田の世界史が非常にわかりやすく超速で俯瞰できるので、学生のときに習ったけど忘れ去った世界史を振り返るのにおすすめです。

その上で資本主義とは、共産主義とは、朝鮮半島とは、日本とは、アジアとは、アングロサクソンとは、人種差別とは、戦争とは一体何なのか。

なぜ戦争は仕掛けられるのか、そこに飲み込まれた人たちはどうたち振る舞っていったのか、今生きる僕たちが知って、考えていくことがこれからの未来を作ると思います。

わずかな行動や決断が、その後の世界を大きく動かすかもしれません。

マッカーサーと昭和天皇

敗戦し、天皇はGHQに自由に料理される身になりました。

方法は4つあったそうです。

  1. 東京裁判に引き出して絞首刑にする
  2. 共産党をおだてあげ、人民裁判の下で血祭りにあげる
  3. 中国に亡命させて中国で殺す
  4. 一服もって闇の中で殺す

何れにせよ、葬られる運命にありました。

そうした中、マッカーサーの前にたった一人の通訳を連れて天皇は立たされました。

マッカーサーはマドロスパイプを加え、ソファに座ったままだったといいます。

敗戦国とはいえ、とても一国の長にまみえる態度ではなかったとのこと。

しかし天皇は気にもとめず話し始めました。

その言葉はマッカーサーの心を動かしました。

彼はパイプを置いて立ち上がり

「天皇はこのようでありましたか!
天皇はこのようでありましたか!
私も日本人に生まれたかったです。
陛下、ご不自由でございましょう。
私にできますることがあれば、なんなりとお申し付けください。」

と言っていたそうです。

後世マッカーサーはそのときのことを「日本の最上の紳士であることを感じ取った。」と残しています。

その場にいたマッカーサーの側近フェラーズ代将は、「天皇にキスしてやりたいほどだった。あんなに誠実な人間はかつて見たことがない。」と残したそうです。

キスって辺りがアメリカンですが、だからこそ彼らの中にどれほど熱い感情が湧き上がったか伝わりますね。

天皇は一言も保身の言葉を吐かなかったそうです。

ただただ、8000万の国民の衣食住のみを心配する言葉を発したそうです。

じつは8000万人も国民はいませんでした。

当時の日本人口は6600万人です。

1400万人分余計に伝えることで、敗戦国といえど少しでも余裕のある暮らしをさせたかったのでしょう。

もちろんマッカーサーは知っていました。

その上で8000万人分の食料をなんとか本国に誤魔化して用意しました。

アメリカ大統領からは、「1000万人の餓死者を出せ」と命令を受けていたにもかかわらずです。

それはやがてアメリカにバレてしまい、ダグラス・マッカーサーはトルーマン大統領によって職を解任されました。

もしかして敗戦国にもかかわらず、日本が特例とも言えるような数々の措置を施されているのは、単純に共産主義国家からアメリカを守る盾、戦略的な拠点として残すためだけではなく、そのときの天皇の言葉があったからかもしれませんね。

東条英機といい昭和天皇といい、最期のときでも自らの保身を一切考えず、ただただ国民のことを守ろうとする日本の国家元首は、相当な精神性をもっていたのかもしれません。

戦争に飲み込まれた名もなきひとびとと世界中から愛を受ける日本

【日本人殺戮すべし→ありがとう】に変えたとある未亡人のおもてなしの心【日本て何だろう?】にも書きましたが、名もなきひとびとの小さな決断と行動が、後に大きなものとなって返ってくることがあります。

それはまるで株式投資をして、それが時間が経つにつれて複利で膨大な金額に膨れていくように。

小さな決断は、大きく育っていきます。

その決断が高い精神性のもとくだされたものであるなら、世界をいい方向に導いてくれます。

まだ記憶に新しい2011年の東日本大震災

世界中から支援が届きました。

台湾からは200億円の寄付

モンゴルは国家公務員の全員が給料を寄付

アメリカは上記の記事で書いたとおりOperationTOMODACHIによる支援

モルディブは特産品のツナ缶69万個

などなど142カ国から支援が届きました。

このように世界中から愛される国日本はもしかすると根本的に、日本人の精神性からくるものかもしれません。

OperationTOMODACHIに繋がった名もなき未亡人の話のように、ウズベキスタンに連れて行かれた日本人たちにもストーリーがありました。

敗戦し、ソ連に強制連行され連れて行かれた日本人の捕虜たち。

過酷な強制労働のもとであっても、決して仕事に手を抜かず日本人の誇りを残しました。

それはウズベキスタンのナヴォイ劇場

500人が働かされ、79人が亡くなったそうです。

20年後、1966年にウズベキスタンを大地震が襲いました。

ウズベキスタンの街は崩壊しましたが、ナヴォイ劇場は驚くべきことに無傷で残っていたそうです。

1991年にウズベキスタンが独立したとき、初代大統領はその日本人たちに敬意を払って「彼らは恩人であり、決して捕虜などと書くな」と指示したといいます。

そこには日本語で確かに「日本国民」と刻まれています。

そして日本人墓地には、桜が植えられているそうです。

まとめ:【なぜ世界から愛されたか】戦史に学ぶ日本人の誇り【苦境での立ち振舞い方】

いかがでしたでしょうか。

個人的な意見としては他の多くの日本人と同じく、戦争は明確なる悪だと考えています。

戦争が引き起こすうねりは個人一人の存在などカンタンに飲み込んでいってしまいます。

そんな中でも凛とした精神を保つことは想像の遥か上をいくことでしょう。

何かしらの【芯】がなければ崩れてしまいます。

しかし過去を振り返ってみると、そんな状況下でも未来に向けた最善の判断を下すことができた人たちがいました。

人ひとりの力はわずかです。

そのため、下した判断の効果が現れるのは、今回紹介した人々のようにだいぶ後になって、もしかすると死んだあとのことかもしれません。

古事記に関する都市伝説【日本の原点はどこに】のガイアの法則などの都市伝説だけでなく、実際にAIやIoT、キャッシュレスや増税、オリンピック、トランスヒューマニズム、異常気象、少子高齢化、移民などいろいろな視点から転換期がきています。

そして次の文明の地は日本、しかも人類滅亡の素材が揃い始めている件【精神性を上げる時代】に書いたように、人類全体が精神性の向上をしないと死滅しかねない時代に入っているとすると、日本人の持つサムライスピリット、端的にいえばクソ真面目な誠実さはまさに重要性を増してくるのかもしれません。

苦境においてどう立ち振る舞うか、今回の記事が参考になればと思います。

人に押し付けるのではなく、押し付けられるのでもなく、自分で選ぶことが大切です。

このブログでは毎日更新で「過去の自分が知りたかったこと」をジャンル問わず書いているので、もしあなたの役にも立ちそうなことを書いていたらまた読みに来てください。