クリエイターとアーティストの違い【死に至る病と芸術の境界線】

クリエイターとアーティストの違い【死に至る病と芸術の境界線】
こんにちは
yoshi(@yoshiblogsite)です。
「クリエイターとアーティストって、どっちも同じじゃない?」
「なんだかこの世界は生きづらい」
どっちも芸術関係、クリエイティブな仕事って感じでクリエイターとアーティストは似てますよね。
でも、ふと立ち止まって考えてみると根本から大きく違うんですね。
芸術の境界線です。
また、よくわからないけど生きづらさを感じている人にも向けてその解決策も書いていきたいと思います
クリエイター【創り出す仕事】
クリエイターはその名の通り創り出す人です。
資本主義社会において、ビジネスで求められるのは明らかにこちらです。
なぜならクリエイターの本質は「多くのユーザーに求められるものを創り出す。」ということだからです。
【仕事】として求人募集されているものづくり系の仕事は99.9999…%クリエイターです。
そして、【プロ】といわれる人たちはほとんどの場合クリエイターでありアーティストではありません。
後述しますがアーティストはビジネスではないからです。
ブロガーにおけるクリエイターの例
例えば個人事業主としてブログを運営しているAさんを考えてみましょう。
ブログをビジネスの1つの柱としている場合、当然ブログでお金を稼がなくてはいけません。
Aさんはよく検索されているキーワードや、そのキーワードで検索したときに上位表示される記事を読んで「どういった内容が大衆に受け入れられるか」を考えて記事を書きます。
そうして書かれた記事がきちんと「ユーザーに求められているもの」に合致していた場合、そのブログは上位表示されて間接的に広告枠を広告主に売るという形で貢献していることになって、Aさんはビジネスとしての収入を得ることができます。
マナブ
クリエイターのブロガーはマナブさんとか、明確に稼げている人たちの収入の量を見れば探すことができるでしょう。
この人のブログに対する向き合い方は、完全にクリエイター思考だと思います。
バンドにおけるクリエイターの例
他の例も考えてみましょう。
音楽で飯を食っていこうと思っているバンドがいたとします。
このバンドについにメジャーデビューの話が降りてきました。
しかしそこで作ることになる音楽は、株主によって運営されている会社に雇われている日本の音楽市場のリサーチャーによって導き出された「売れる音楽」になります。
そして売れる音楽のパターンは時代背景やアニメ・CM・ドラマなどへのプロモーション活動と合わせることで真価を発揮します。
音楽が使われる先=ユーザーがあり、そこに求められているものを創り出す仕事です。
昔はCDやテープで複数の曲をまとめて販売していたので多少売れない曲=リサーチも何もせずただただ自己満でバンドがやりたい曲も入れることができたでしょう。
でも、いまや1つ1つの曲を個別にiTunesなどで購入できますから「多くのユーザーが求めていない曲」はビジネスしては作るメリットがないですよね。
コスパ悪すぎてお金の無駄遣いですから。
ある種日本の音楽業界はビジネスとしてテンプレ化されているところもあるので、求められるものは明確でそれをきちんと作り出せるクリエイターは音楽で飯を食っていくことができるんでしょう。
もちろんビジネスですから、イメージ戦略も含まれており「自分」は出してはいけないです。
アーティスト【芸術家】
アーティストは芸術家です。
アーティストはビジネスして求められるものを作るのではありません。
なぜならアーティストの本質は「自分から見える世界を提示する。」ことだからです。
文化的にみて革命家としての側面があるといってもいいかもしれません。
人間には1人1人個性があって、あなたと他の人が違う人間であるように、世界の見え方は人それぞれです。
アーティストは多くの場合、生きている間には一生孤独で誰にも受け入れられないかもしれません。
画家におけるアーティストの例
アーティストとしてイメージしやすいのは
「売れない画家」
でしょう。
たとえば下記の写真を見てみてください。

この風景を観ながら絵を描くとします。
あなたにはどう見えたでしょうか。
人によっては非常に目立つ左端に映るパリの街を見下ろすガーゴイルを強調した禍々しい絵を描くかもしれません。
人によってはエッフェル塔を強調した絵を描くかもしれません。
人によってはそれらには目もくれず、川と車や町並みを強調した絵を描くかもしれません。
子供の頃図工の時間にみんな絵を描くと思いますが、その絵は千差万別、子供によっては驚かされるような色使いで、「そんな風な世界の見え方があるのか」と新たな切り口を提示してきます。
そんなアーティストの価値は「まだ多くの人類が見いだせていない世界の切り口が提示されること」です。
「そんな見え方わかってるよ」という共感を呼ぶ切り口での世界の見え方の提示は、クリエイターとクリエイターに仕事を依頼するリサーチャーの仕事です。
お金を稼ぐビジネス社会においては、まだ誰も観たことがないような、その人しか創り出せない世界の見え方切り出し、それを世界が理解するときが来て初めて、アーティストはお金を稼ぐことができます。
とはいえ大抵の場合は画家の死後、世界はその作品の切り口を理解するときがきます。
基本的にアーティストの本質は貧乏画家のイメージになります。
フィンセント・ヴィレム・ファン・ゴッホ
例えばゴッホのように、不器用で多くの迷惑を周りにかけながら、貧乏に生きるかもしれません。
ゴッホの場合、絵を描き続けられたのは弟テオの多大なる支えがあったからに違いないでしょう。
テオというスポンサーがいたからこそ生きていけたんだと思います。
アーティストの生涯は必ずしも幸せではなく、むしろ苦しみと葛藤の中でもがき苦しみながらも懸命に生きている様子が伺いしれます。
ブロガーにおけるアーティストの例
クリエイターのところでもブロガーを取り上げたのでアーティストとしても取り上げてみましょう。
イケハヤ
個人的にアーティストとしてのブロガーは「イケハヤさん」だと思います。
あの人はビジネスとしてのブロガーではなくアーティストとしてのブロガーでしょう。
ユーザーが求めているものではなく、自分が好き勝手に言いたいことを言いまくるようなスタイル。
それがたまたまブログの波にのったために稼げた人だと思います。
イケハヤさんの場合書きたいことを書くスタイルなので低品質の記事なども大量にアップしています。
そのため、最近は収入が激減しているそうです。
ただ、あまりに収益が減っているので仕組みをWordpressに移動してSEOを意識するようにするそうですね。
イケハヤさんもついに迎合してしまうのでしょうか。
バンドにおけるアーティストの例
新しいジャンルを確立するようなバンドはまさにアーティストです。
バンドの場合、そういった人たちは若くして亡くなることも多いです。
余談ですが太宰治や芥川龍之介など歴史に残る小説家も新しい世界観を提示して、亡くなっています。
もしかすると、本来はアーティストなのに売れていってしまったせいでクリエイターとしての能力を求められるようになり、そんな生き方しかないのかと人生が絶望に向かっていってしまったのかもしれません。
また、バンドにおいて名を残すような人たちは、非常に重たい心の傷を幼い頃に負っていることも多いように思います。
そういった「ほとんどの人が一生みることのない世界の闇の側面」が、彼らの切り取る独特の世界観に現れるのかもしれません。
XJAPANのhide
例えばヴィジュアル系を確立したX JAPANのhide。
彼は説明するまでもないほど有名だと思うので割愛しますが、偉大な業績を残し33歳の若さで首吊り自殺(諸説あるので正確なところはわかりませんが、、、)して亡くなっています。
NIRVANAのカート・コベイン
例えばグランジを確立したNirvanaのカート・コベイン。
彼は27歳でショットガンで頭を撃ち抜いて自殺しました。(陰謀論や27Clubなど都市伝説もあり、正確なところはわかりませんが、、、)
SexPistolsのシド・ヴィシャス
例えばパンクを確立したSex Pistolsのシド・ヴィシャス。
彼は21歳で恋人を殺し(諸説あり)後を追って自分も死にました。
ライブやレコーディング中にドラッグでラリっててまともに演奏できないような彼の生き方はまったくクリエイターとして「プロ」ではありませんが、間違いなく「アーティスト」だったと言えるでしょう。
Slipknotのコリィ・テイラー
例えば多くの人にとって受け入れがたいデスメタルの存在を広めたSlipknotのコリィ・テイラー。
彼は死んでいませんが、その幼い頃に受けた深い心の傷とそこから生まれる闇は世界中の人々に新しい世界の切り口を提示しています。
あげだしたらきりがないですが、アーティストは多くの人が経験したことのない経験から作り出されるオリジナルの世界観、想像ではなく生なましい世界の切り口を提示してくるものでしょう。
資本主義社会と自由のジレンマ
今回紹介したブロガー、バンド、画家など以外にも多くの分野でクリエイターとアーティストはいると思います。
クリエイターとアーティストはプログラマーにもいる
それこそクリエイターだと思われがちなプログラマーも、アーティストといえる性質を持つ人は多くいます。
アーティストとしてのプログラマーはBitcoinのような唐突に革新的な仕組みを創り上げたり、自分が納得できる極限まで論理的に芸術的なコードを書くのに熱中しています。
しかし資本主義社会で求められるのは多くの場合クリエイターです。
資本主義社会で求められるのはクリエイター
多くの人が求めるものをサービスとして提供するために株主から資本を出してもらって起業し、クリエイターがサービスを創り上げ、社長が運営することでユーザーから対価としてお金をもらい、株主に上納する。
ざっくりそんな仕組みになっている以上、株主に還元できるかできないかわからない=稼げるか稼げないかわからない=ユーザーが求めているかわからないような、アーティストたちに対してお金を払い雇うのは難しいことです。
アーティストは多くの場合貧乏になる仕組みです。
孫正義がなりたかった【貧乏画家】という生き方
ビジネス界では有名なソフトバンクの孫正義さんも実は昔「貧乏画家」になりたかったそうです。
小さいころからアーティストの本質を見抜いていたのは流石だと思います。
資本主義社会ではお金がないと始まらない
資本主義社会においてはお金がないとできないことが多いです。
画家であれば画材が買えませんし、音楽家であれば楽器を買ったりスタジオで練習したりすることもできません。
それ以前に日常生活の家賃や水道光熱費が払えません。
自由に生きる≒貧乏
という図式がなりたつ世界です。
アーティストの生き方は時流、運に左右される
その人の性質がアーティストであっても、生きていくために「自分がやりたくもない大衆に受け入れられるコンテンツ」を作らないといけないでしょう。
昔の人たちはそれによって人生に絶望し、自殺もしました。
資本主義社会に受け入れられるかどうかは正直時流次第ですし、それが自分の本質にあっているかどうかは【運】です。
本質がアーティストの場合、ライフワークでやっていたものもやがてライスワークになってしまいます。
世界は流動的に変化していきますから、自分が切り取った世界の見え方がずっと受け入れられ続けることもないですし、それが常に「新しい」ということも難しいでしょう。
じわじわと大衆迎合的になっていくシステムです。
アーティストは社会不適合者になりやすいシステム
海外のアーティストはそういったときは酒やドラッグ、自殺に走ることが多いですよね。
SNSも似たような構造で、人によっては「いいね」をほしいがために大衆迎合的なオリジナリティのない発言が多くなってしまいがちかもしれません。
「いいね」がつかなかったり自分の切り取った世界の見え方=「自分」を出していくとフォロワーも離れていくでしょうから、SNSに依存した世代では世界から除外されたような孤独感にさいなまれるかもしれません。
アーティストは資本主義「社会」(共産主義社会においても同様でしょう。)において社会不適合者になりやすい側面も持っています。
アーティストには覚悟かサポートが必要【現代の救い】
昔の人はアーティストとしての生き方が長続きしないことに絶望し、人生が破滅に向かう人もいました。
アーティストとして自由に表現をすることに人生の100%をコミットするには覚悟が必要です。
ただ、現代では多少の救いもあります。
現代にはアーティストに対する救いもある
投げ銭やクラウドファンディングによって、昔よりは広範囲に資金調達をすることができるようになっています。
世の中には少数派がいます。
ローファイという音楽ジャンルがあるくらいなので、ニッチなジャンル、多くの人が意味を見いだせない一見「ゴミ」のようなコンテンツに多額の価値を見出す人もいます。
もし貧乏アーティストでも、そういった人に刺されば金銭的サポートを得られるかもしれません。
スポンサーやパトロンと言われるような人たちがついてくれればいいのです。
ゴッホを支えた弟テオのように。
しかし、その場合でも金銭的サポートが切れないように迎合するようになってしまったら、いつの間にか自由はなくなってしまっているかもしれないというのが落とし穴ですね。
アーティストが少しでも自由に生きる手順
いくつかアーティストの性質をもつ人が自由に生きる方法はあります。
- 仕事をしながら、「趣味」としてアーティストをする。
- 一生分のお金を早く稼いで早期リタイアし、残りの人生をアーティストとして過ごす。
- 一発屋だったり一生貧乏だったり短命かもしれないが、アーティストに100%人生をコミットする。
1は多くの人がやっている無難な方法ですね。
2は海外だと宗教観的に「仕事=贖罪」と捉えられているのでさっさと早期リタイアする風潮がありますが、宗教観の薄い日本ではあまりないかもしれません。
先日のZOZOの売却のように起業して軌道に乗ったら会社を売却するのが王道の手段ですね。
もしくはそれより多少実現は遅くなりますが収入の高い職種、これから伸びまくる職種(プログラマーとか)でサラリーマンやフリーランスする道ですね。
単純に収入が上がれば貯金や資産運用に回せるお金が増えて、資本主義社会の仕組みで雪だるま式にどんどんお金が増えていきます。
3は太く短い人生かもしれません。
コンテンツを作って残しても、それが評価されるのは死後かもしれません。
スポンサーやパトロン、ファンに迎合してはならない
前述したように、現代ではスポンサーやパトロンと言われるようなお金を出してくれる人たちを見つけやすい状態になっているので、昔よりははるかにアーティストとして生きやすい世の中にはなってきていると思います。
ただしこの場合もっとも注意したいのは、あくまで「自分が納得するもの」でなくてはならず、決してスポンサーやパトロン、もしファンがついてきたらファンの意見を取り入れるなど迎合してはいけません。
なぜなら、その行動はあなたが切り取る世界の切り口が歪むからです。
まとめ:クリエイターとアーティストの違い【死に至る病と芸術の境界線】
いかがでしたでしょうか。
人類にとってクリエイターもアーティストも非常に重要な能力です。
クリエイターが有利な世の中
仕組みとしてはクリエイターが有利な世の中です。
多くの場合においてフレームワークは用意されており、それにそってつくればいいからです。
正直練習すれば誰でもできるようになります。
プログラミングも「TECH::CAMPとTECH::EXPERTの評判【本当に良いのか?他のプログラミングスクールとの比較まで】」にもかいたようにもはや稼ぐようになるのは非常にカンタンです。
クリエイターになることは誰でもできます。
アーティストにフレームワークはない
ただ、アーティストにフレームワークは一切ありません。
100%あなたでなくてはいけないからです。
そしてそれは死ぬまで自己満足に終わり、死後評価されるかもしれませんし、未来永劫評価されることはないかもしれません。
誰の役にも何の役にも立たない人生になるかもしれません。
評価を気にする人=承認欲求が欲しい人にとって、この道は目指すべきではないかもしれないです。
世界の誰からもハブられ、邪魔者扱いされ、孤独にさいなまれることになるかもしれません。
遺伝子的に社会性を重視する人間にとって、孤独は死に至る病です。
不器用な生き方しかできないアーティストたち
あくまでたった1度の人生で「ただ自分が生きた記録を残したい」とか、
「自由に生きたい」とか、
「世界に新しい切り口を提示したい」とか、
「こんな悲惨な世界、こんな素晴らしい世界の見え方を残したい」とか
そんなことを考えていて、しかもそれができないなら自殺する、というような人が選ぶ道かもしれません。
逆に、いわゆる「健全な人たち」は足がすくんでその道に進むことは決してできないでしょう。
必ず無難な道を選びます。
アーティストたちの心の闇
おそらくアーティストとして生きる資格を持つ人は、他の人が経験していないような壮絶な人生を送っていることでしょう。
(資格を持っているというより、その経験がないと表現できない、真に胸を打つものがないという感じでしょう。)
心に深い傷を負っているかもしれません。
逆に考えるとそういう闇に満ちたツラい経験がある人は、アーティストとして他の人には見えない世界が見えていて、
「自分が納得できる=妥協なき自己満足に至るレベル」
で正確に心の中を表現してみたらすごいことになるかもしれませんね。
【幸せに生きる】は果たして重要なのか考える必要がある。
クリエイターは自由ではないですが総合的にみて幸せな人は多く、アーティストは自由ですがはたからみたら悲しみに満ちた人生を送っていて不幸な人も多く、目指すものではなくて、その生き方しかできない人がなるもののような気もします。
多くの場合、アーティストは資本主義社会の仕組みを学び、理解して使うことはせず、ただただ自分の切り取った世界の見え方を提案し続ける生き方をしますから、社会不適合者にもなりやすいでしょう。
ただ、きっとそういう生き方しかできないんだと思います。
不器用なその生き方は、現代社会で躁鬱病など「精神病」扱いされるかもしれませんが、それは逆に他の多くの「健全な人」には決して表現できないアーティストの才能を持っているかもしれません。
これからAIが世界を支配する時代が来ますが、AIにできるのは【クリエイター】のみです。
心の闇との苦しみに満ちた葛藤が欠かせない【アーティスト】は、人間にしかできない仕事になっていくでしょう。
クリエイターとアーティスト、この違いを知っているだけでも、自分の生き方をメタ認知できるようになって、多少なりとも人生のみちしるべになるのではないでしょうか。
このブログでは毎日更新で「過去の自分が知りたかったこと」をジャンル問わず書いているので、もしあなたの役にも立ちそうなことを書いていたらまた読みに来てください。
余談:最近刺さった詞【紅蓮華】
「誰かのために強くなれるなら ありがとう 悲しみよ」
LiSAの紅蓮華という歌を知っているでしょうか?
この方はライブでの歌がひどく下手で、プロ意識が低い印象でした。(歌詞も忘れます)
今どきライブで客に「お前出ていけ!」と強制退場させる人っていないですよね。
この点でもプロ意識が低いと見えます。
「お客様は神様」的な風潮が日本には根付いてますから。
実際ファンやメディアから激しいバッシングを受けている人です。
ずっとこの方をクリエイターだと思っていましたが、この一節を表現できるなら本来アーティストなのかもしれません。
深い苦しみと生きづらさを継続的に経験していなければ、この詞は導き出せないと思いました。